カラスの戦い

ある日のことでした。

カラスたちの集会でこんな話が飛び交いました。

「さいきんは、人間のあいだで
カラスを食べてしまえという話があるそうじゃないか。 」
「なんだって?」
「人間が俺達を食べるだなんて、聞いたことも無い!」
「なにかの間違いだ!」
「いいや、人間がそう言っているのを聞いた者がおる。」
「実際に狩られた仲間も、少数だがいると報告を受けている。」
若いカラスがメガネをクイッと持ち上げて言いました。

カラス達はその大きな羽をばたつかせて騒ぎ出しました。

「それなら、我々は人間と戦うべきなのか?どうなんだ?」
「いや、無理だろう。いくら我らカラス族が賢いと云っても、人間を相手にかなうわけがない。」
「それならどうすればいい?」


ハシブトガラス Wikipediaから引用

一羽の若いカラスが右の羽を大きく振り上げて言いました。
「僕たちはお山に戻ればいいのではないでしょうか。我らは人間の社会に近づきすぎました。それどころか、近頃では人間の頭に糞をかける者もいる。だから人間に嫌われてしまったのでしょう。」

もう一羽のカラスが発言しました。
「お山に帰るだと!?お前正気か?あすこには山ガラスが大勢いるじゃあないか!」
ほかの者も口を合わせて叫び出しました。
「そうだそうだ!あいつらとまた昔みたいに戦えっていうのか!?」

若いカラスにはなんのことだかさっぱり分かりません。
「・・・昔、我らと山ガラスは戦ったのですか?」

年老いたカラス達が目配せをして言いました。
「最近の若い者はこれだからのぅ。お前はカラスの学校で何を習ったんだ?」
「ええと、おもに餌のとり方、人間のゴミを漁る方法、敵から身を守る方法などであります。」

年老いたカラスは全員ため息をついて頭を抱えました。
「なんということだ!最近のカラス学校ではあの事を教えていないのか!」
「あのこと・・・と申しますと?」
「ええい、カラス学校の教師はこの集会に来ておらんのか!?」

すると、大勢のカラスの影からおずおずと一羽のカラスが出てまいりました。
「すみません。あのう・・・私が学校の教師を務めております・・・。」
「お前は若ガラス共に何を教えて居るんだ!? 」
「申し訳ありません。なにぶん、古い話なものでして・・・ゴニョゴニョ」
「あの話を知らないカラスが居るなど、あってはならない事だ!お前、怠慢だぞ!」
ここで長が話しに割って入りました。

「まあまあ、先生がまだ教えていないというなら、良い機会じゃ、今ここで全てのカラスにわしから話をしようじゃないか。」

Wikipediaより


「昔な、と云ってもだ、わしが生まれるよりももっと昔の話だ。」

「お山のカラスと我ら・・・今では我らは街ガラスと自称しておるが、我らは常に縄張り争いをしておった。」

「山ガラスと街ガラス・・・我らは元は同じ種族ではあるがな、ようく見ると姿かたちが違うのじゃよ。種を交えることもなく、我らは常に敵対しておった。」

「食べる物も少なくてな、お山の実りを主として食べる山ガラス共には、お山はなくてはならない存在だったんじゃよ。」

「我らもまた、お山の実りを頂戴していたが、縄張り争いに負けた時には、里に降りてな、人間の残り物を食べたりしておった。」

「人間に石を投げられて傷ついた者も、当時はたくさんおったと、わしの爺さんは言っていたよ。」

若いカラスがつぶやきました。
「それで学校では"石のよけ方"の授業があるのですね・・・。」

「そうじゃ。それでな、当時も人間の近くには住まず、お山で暮らそうという話になったんじゃよ。今みたいにな。」

「じゃが、山ガラスと街ガラス、すべてのカラスが同じ山で暮らす事はできない。」

「そこでな、山ガラスの長と、街ガラスの長が会合を開いたんじゃ。どこの山をそれぞれの縄張りにするかという話じゃな。」

「わしも爺さんに聞いた話じゃから、どこまでが本当かは分からん。爺さんも爺さんに聞いたと言っておったからな。」
「でもな、我らは平和的に、話し合いで解決しようとしていたんじゃ。」

「ところが、お山によって、実りの量が違う。それで、いっときは旨くいった話し合いも、だめになってしまってな。」

「腹をすかせた若いもんが、山ガラスの縄張りに入ってしまったんじゃよ。」

ハシボソガラス Wikipediaより引用
 「それで山ガラスの若いのが"話しが違う"と怒ってな、縄張りを荒らしたわしらのほうの若いもんを・・・。」

「どうなったんです!?」
若いカラスが興奮気味に叫びました。

「結果は言わなくても分かるじゃろうて。」
「この一件が、山ガラスと街ガラスの戦争の始まりだったんじゃよ。」

「せん・・・そう・・・」
若ガラスはぶるっと身震いをしました。

カラスの長は目を細めながら話を続けました。
「毎日毎日、山のもんと街のもんで戦い続けたそうじゃ。夜になるとな、"きしゅうこうげき"と云ってな、山のもんが我らの寝床を襲いにも来たそうじゃ。」
「なんと卑怯な・・・!」
「いや、わしらもやり返した。あの頃はな、皆が我を忘れていた恐ろしい時代だったと、そう聞いておる。」

「それを何年も何年も繰り返してな、山のもんも、街のもんも、どんどん死に絶えていった。」

「そうして、ある時周りを見回すと、人間も我らと同じことをしていると気づいたんじゃよ。」

「若い人間がどこかに出かけて行っては戻らない。また或る者は、血を流して倒れておる。そのうち空から何かが降ってくるようになった。」

「もう100以上前の季節の話じゃて。どこまでが本当かは分からんがの。」
「人間がばったばったと倒れてな、若いもんがどんどんいなくなっていったんだと。」

「それを見てな、山の長と、我ら街の長はまた話し合いをしたんじゃと。」

「我らは人間と同じことをしているじゃあないか、と。」
「このままでは、山のカラスも街のカラスも共倒れになるんじゃあないかとな。」
「元々我らは憎しみあっておったわけではない、だったら縄張りを上手に別けていこうではないかという話をしたんだと。」

「我ら街ガラスは、山のもんよりも食べられる物が多い。だから街に残ることにした。お山に住むには、今では山の長の許可をもらわんくちゃならん。そうやって、我らはお互いが争わずに済む方法を見つけたわけだ。」

「長、それでは、私たちはどうすればいいのでしょうか?このまま人間に食べられてしまうのを待てというのですか?」
また先ほどの若いカラスが興奮した様子で喋りだしました。

「まあ、待て。人間が我らを食べると言うても、そうすぐにではあるまい。」
「奴らをよく見てみるがよい。」
「食べるものなど腐るほどあろう。」
「まだ食べられるものも捨てておるぐらいじゃ。」
「わしらが食べられてしまうのは、まだまだ先のことじゃろう。」

「しかし、もう人間の手にかかっている者も或ると聞いておりますが!」
「・・・ふーむ。どうしたものか。」
「しかしな、我らを狩るなどと考えておる人間は少ないだろうよ。」
「もし、人間が本気であったならば、もっと多くの犠牲が出ておるじゃろう。それにな、」

街カラスの長は空の遠くを見て言いました。
「これも爺さんのそのまた爺さんの、その爺さん・・・ええい、ややこしい。ゴホン
とにかくずうっとずうっと昔のわしの爺さんが聞いた話じゃが。」
「人間の中にもな、心根の優しい者もおるんだと。」
「我らカラス族の大戦争があったあの時、人間達も戦争をしていたあの時にな、ある人間の男が言ったそうじゃよ。」

「どうか、憎んでもいない相手を殺さなくてもいい世の中になりますように、とな。」
「それが、わしら街ガラスが里で暮らすことに決めた理由の一つじゃ。」
「我らの仲間が、その男がそうつぶやいているのを聞いたんだと。」

「人間に石を投げられることもあったがな、こういう人間もおるんだなと、その言葉を聞いて思ったということだ。」

カラスの長はそう言うと、くるりと皆のほうを見据えて言いました。
「この話は、カラス学校で必需項目として教えるよう、代々言い継がれてきたはずじゃが。のう、先生とやら。」
「はっ、これはまことに、なんと申しますか、私の勉強の至らないところでして・・・」
カラスの先生は真っ赤になったり、冷や汗をかいて真っ青になったり、しどろもどろです。

「あはは、黒いカラスが赤くなったり青くなったりしてらあ。」
子ガラスが野次を飛ばしました。
大人のカラス達はドッと笑って羽をばたつかせました。
「どうも、お恥ずかしい限りで・・・」
カラスの先生はまた顔を真っ赤に染めて、汗をだらだらとかいています。

「そいじゃあ、先生、今回の件をお山のもん達に伝えてきちゃくれんかね?
それで、今回はお咎め無しってことにしようや。」
「お、いいね、そうしよう。長、よろしいでしょう?」

「そうじゃな。先生、頼みましたよ。」
「かっ・・・かしこまりました!それでは早速!」
カラスの先生は、もうそこには居づらかったのでしょう、あっという間にお山のほうへ飛び立って行きました。

「よし、今日の集会はこれで終わりじゃ!」
「それから、今後は人間に糞をかけるなどという下品な行動は慎むように!」
「全カラスは、人間とうまく暮らしていけるように心がけること!」
「以上である!解散!」

大勢のカラス達は一斉に飛び立ちました。
ほかの鳥たちは、その様子を見て、なんだなんだと騒ぎましたが、
その後には夜の夕闇が広がるだけでありました。


終わり。




※宮沢賢治の話を一節入れました。

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